何を描きたいかわからないときに読みたい本|『カメラは、撮る人を写しているんだ。』感想
自分が描きたいものや
好きなものってありますか?
僕は17年間
アニメーションの背景の仕事をしてきました
アニメ背景では
受け取ったレイアウトに従って作業するので
ゼロから自分で構図を決めることはありません
すでにあるものを
より良くすることが求められます
そんな当たり前のことに気づかないまま
10年以上アニメ背景の仕事をしているうちに
「ゼロから描きたい絵を描く」
というトレーニングをしないまま
技術だけが身につきました
気がつけば
自分が好きなものや
描きたいものがわからない
という状態になっていました
- 自分は何が描きたいのか?
- 何に魅力を感じるのか?
そんなことを考えながら
同じように画面を作る
画家や写真家は
何を考えているんだろう?
何かヒントが見つかるかもしれない
と思って読んだのが
この本です
カメラは、撮る人を写しているんだ。
ワタナベアニ 著
この本をひとことで言うと
僕にとって、この本は
進むべき方向を示してくれるような本です
特に、自分が何を撮りたいのか
何を作りたいのか分からなくなった人には
考えるきっかけになると思います
この本には技術的に
「こうしなさい」
ということは
ほとんど書かれていません
僕はこの本を
撮りたいように撮って
思ったように撮れなかったら
技術を学べばいい
というスタンスの本だと感じました
インスタの写真を褒められた
大学生のカズトが
プロカメラマンのロバートに
アドバイスをもらいながら
写真を撮り続けるという
会話を中心とした
小説形式で書かれています
たとえば
- カメラ選び
- 「面白い写真」と「面白いものを撮った写真」の違い
- 言葉で描写できない写真は撮れないということ
- 自分が撮りたいものを撮ること
などについて
具体的な撮影技術ではなく
写真に向き合うときの
考え方や心構えを
ロバートが
くだらない冗談を交えながら
語っていきます
もしかしたら
この冗談が苦手という方も
いるかもしれません
一方で
ときどき語られる
ロバートの苦労話には説得力があります
- この人の経験や知識を
超えることはできるのか? - この人に「いい」と思ってもらえるものを
作れるのか? - 作品を見てもらうって怖いな
僕自身も読みながら
新人のころに感じていたことを
思い出しました
もし実際にプロのカメラマンから
教えてもらうとしたら
こんな感じなのかもしれない
と思わせてくれる本です
この本を読んで始めたこと
この本に
具体的な練習方法が
書かれていたわけではありません
ただ
- 自分は何が描きたいのか?
- 何に魅力を感じるのか?
を探すために
出かけるときは
カメラを持ち歩き
少しでも気になったものや
描きたいと思ったものを撮って
16:9にトリミングするようになりました
トリミングすることで
自分は何を「いい」と思ったのか?
を具体的に考えるようになり
自分が好きな構図や色にも
ある程度パターンが
見えてきました
さらに
その写真を白黒の2色や
白黒グレーの3色で描いたり
カラーで色数を単純化して絵にしてみると
なかには
うまく絵にならないものもありました
下の画像は
この写真で何を見せたかったのかを
思い出しながら
16:9にトリミングし
その写真をもとに
白黒2階調と
白黒グレー3階調で描いたものです

自分が何を描きたいのかわからないときは
気になったものを写真に撮って
「なぜ撮ったのか」を考えてみるのも
一つの方法だと思います
枚数がたまってくると
自分が惹かれるものの
共通点も見えてきます
僕の場合は
細い路地やカーブした線路、道路の先など
「この先に何があるんだろう」と
つい進んでみたくなるような景色に
惹かれていることに気づきました
写真を撮るときの見方も変わった
写真を撮り続けるうちに
何のために撮るのかによって
撮り方も変わることに
気づきました
- 写真をそのまま絵にするなら
絵にしやすい写真を撮る - 資料として使うなら
必要な情報がわかるように撮る - その場で感じたことを残すなら
自分が実際に見た感覚を大切にする
それからは
何のために撮る写真なのかを
意識しながら
ファインダーを覗くようになりました
ファインダーを覗いたときに
自分が面白いと思ったものを
過不足なく
画面の中に残す練習を続けたことで
明らかに
見る目が変わったと思います
特に
「その場で感じたことを残す写真」については
僕がやめたことがあります
思い出や体験を残す写真では
極端なズームや
ローポジションを
あまり使わなくなりました
資料として必要なら
ズームして細部を撮ることもあります
でも
この本をきっかけに
写真を撮り続けるうちに
撮った写真をあとから見返して
「本当にこんなふうに見えたっけ?」
と感じることが増えました
資料としては役立っても
その場所で自分が何を見て
何を感じたのかを思い出すには
むしろ邪魔になることもあります
同じように
「カッコいいから」
「珍しい画面になるから」
という理由だけで
極端なアングルやポジションを
選ぶことも少なくなりました
普段ここで生活している人が
本当にこんな体勢から
この景色を見るだろうか?
そう考えると
「カッコいい」「珍しい」という理由だけで
選んだ極端なアングルは
その場所を他の人が
追体験しにくくしてしまう
ように感じられたからです
もちろん
極端なアングルやズームを
使わないということではありません
資料として必要なら使いますし
それ自体を表現として使うこともできます
ただ
自分がその場所で見たものや
感じたことを残したいときは
「その場にいた自分には
どう見えていたのか」
を基準にして
写真を撮るようになりました
カメラの高さという
「ポジション」の違いだけでも
画面の印象は大きく変わります
立って描いたスケッチと
座って描いたスケッチを比較しながら
下の記事で考えています
→ カメラの高さで画面の印象はどう変わる?
特に印象に残った言葉
最後に
この本で特に印象に残ったロバートの言葉を
一部引用します
「自分の中の言葉、っていうのは意図せずにいいことを言ったね。カズトはカズトのボキャブラリー以上の写真は撮れない。ボキャブラリーというのは言葉も体験も思考もすべてを含んでいる。」
出典:『カメラは、撮る人を写しているんだ。』ダイヤモンド社、60頁
「よく、好きなことを仕事にしてしまうと、趣味のときよりつまらなくなるなんて言う人がいるだろう。でも好きなことを仕事にしている人の多くは、それが仕事になってすごく幸福だと言っているよ。個性というと大げさだけど、自分だけの独特なやり方を変えずに向上し続ければ、必ずいつかそれを求める人が現れると思う。それをやっているのが世界中にカズト一人だとしたら、カズトに頼むしか方法がないだろう」
出典:『カメラは、撮る人を写しているんだ。』ダイヤモンド社、223頁
画力だけを身につけても
描きたいものが
自然に見つかるわけではありません
自分が何に惹かれるのかを考えながら
自分なりのやり方を育てていくことも
大切なのだと思います
そして描き続けることで
人とのつながりを作り
自分の理想の生き方に
近づいていきたいと思っています
カメラは、撮る人を写しているんだ。
ワタナベアニ 著
この本をきっかけに始めた
写真のトリミングについては
下の記事で具体的に紹介しています
→ 写真をトリミングして画を選ぶ練習を見る